40歳からのビルメン低空飛行

40歳のおっさんビルメンがゆるーく生きていく日常。

送別会があるらしいが、、、

派遣社員も残すところあと1ヶ月。

全くやる気は出ないが仕事は降ってくる。

退職前にこんなに働いたのは初めて。

その理由は派遣仲間の

チャラ男が休んでいるから。

今日で5日間来ていない。

どうしようもない奴である。

休みの理由はよく分かってないが

どうせしょうもない理由だと思う。

 

もう1人の派遣仲間バカボン

相変わらず机の前でフリーズし地蔵状態。

しかも不必要に若い事務の女性に

話し掛ける変態クソ親父っぷり。

 

正規雇用は社会的弱者だ!!

社会問題だ!!

 

とどこかの大卒のNPO法人の代表が

テレビで叫んでいた。

是非1度うちの職場の見学にいらして

下さい。価値観変わると思いますよ。

 

そんな現状を見ている

派遣先の社員がよく私に愚痴ってくる。

「あいつなんなんですか!?」と。

私は「ただのクズ共です」と返答する。

1分1秒もこいつらのことを考えたくない。

 

退職の件を派遣先に伝えたときに

正社員の話があった。

私は「こんなレベルの高いところで

やっていけませんよー」とやんわり断った。

本音は「これ以上この職場の人達

と関わりたくない」と思った。

系列系のビルメンにいたときの

同僚たちが天使に思えるような職場だ。

ここにいるよりは

待遇が少々悪くても場末のビルメンで働く

ほうがいい。

 

そんななか先週ぐらいから

飲み会の話がちらほら出ている。

社員の赤い彗星と嘱託の

おじいちゃん2人の送別会だ。

私はおまけのようなもので

正直出席するか迷っている。

 

今まで飲み会を全て断り飲みニケーションを

断絶している状態。

呑み会も仕事の話だろうから

全く興味がない。おまけに酒が嫌いだ。

それに加えてチャラ男とバカボン

来るだろう。

なんで仕事しないやつに限って

呑み会にはくるのだろうか。

勘弁してくれ。私の扱いは

 

いつの間にかいなくなったなーあの人。

いつ辞めた?

 

程度でいい。

そして場末のビルメンに転生後、

生涯パッとせず細々と

人生を全うするのが目標。

お願いですからそっとしておいてください!

そう願うも小心者だから出席してしまうん

だろうなー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職場 人手不足にて炎上中

3月は異動の季節。ご多分に漏れず

うちの派遣先の会社でも続々と内示が

発表されている。

 

自分は派遣社員で工場の設備点検補助で

今の職場に派遣されている。

今月いっぱいで契約更新を断って

とんずらするのだが、

ちょうど3年ほど勤めた。

その間本当に色々あった。

ぶちギレそうになることが多々あった。

 

派遣社員なので

業務内容はそんなに難しくない。

というか素人にもできる仕事。

入社した当初はこんなのでお金を

貰ってもいいのか!?とちょっと驚いた。

しかしなぜか派遣社員の入れ替わりが

激しい職場だった。

その理由は少しして分かった。

それはズバリ変わり者が多かったからだ。

いや変わり者というよりコミュ症が

多かった。

 

初日の事は今でも覚えている。

一通り挨拶関係者などに挨拶を終え、

プロパー社員の後ろについて場内を

案内してもらった。

ちなみにその人は三十代前半。

仕事でかなりストレスを溜めており

メンヘラ気味だった。

しばらくその人の後ろを

無言で歩いていると突然カミングアウト

された。

 

「僕、今精神安定剤飲んでるんですよ」

僕は「は、はい!?」という感じだった。

その後は一方的に会社の愚痴を

聞かされた。

ここの職場はヤバいと思った。

どの転職先でも

こんな話を初日からされたことなかった。

オーマイガー。

神よどこまで私を

痛めつけるのでしょうか。絶望した。

若かりし頃、職場の意識高い系の人から

頼んでもないのに

本を貸してくれた事があった。

タイトルは「絶望という名の病」。

僕はそれを読まずに「為になりました!」と

1ページも読まずに返した。

こんなことなら呼んでおけばよかった。

 

 

派遣された部署の社員の方達は

全てプロパーだった。

10人程度の部署だっが嘱託の

おじいちゃん以外はみんな病んでいた。

サービス残業上等の過労死寸前の人や、

残業過多と仕事山積みで

家庭崩壊してる人、みんなそれぞれ

悩みを抱えていた。まさに徳川家康の名言、

「人生は重荷を背負って~」を

ナチュラルに体現している人ばかりだった。

人員も足りておらず火の車状態。

これが今話題の人材不足か、、、

と社会問題を目の当たりにした。

 

派遣社員は自分だけではなかった。

自分の他に2人いた。

1人は自分より若い20代の人。

なんかチャラチャラして

見栄っぱりだったので通称チャラ男

(自分だけ心の中でそう呼んでいた)

この人は派遣社員で職場を転々とし、

自分がくる半年前から派遣されていた。

 

もう1人はどっかの会社を早期退職して

地元に戻ってきた50過ぎのおじさん。

理解力が著しく低く

通称バカボン(これも自分の心のなかだけ

で呼んでいた)。

自分と同じ日に派遣された。

この人も腰は低そうだがプライドは高いと

いうなかなか面倒くさい人だった。

そしてコミュ症だった。

(早期退職というより

リストラにあったんじゃ、、、)と

自分は密かに思っていた。

 

とにかくこの2人の派遣社員の人たち、

いや奴らに苦しめられた。

この2人が何かと理由をつけて

仕事を断るもんだから自分の

ところにガンガン仕事が回ってきた。

半年後ぐらいにはこいつらより

はるかに仕事ができるようになった。

しかしきつかった。

これほど同僚に殺意がわいたのは

初めてだった。

 

チャラ男は先輩風を吹かすが

漢字の読み書きもまともにできないので、

よく点検表の読み間違いをして

データが無茶苦茶になった。

そして作業手順も何も理解していない。

いつか腕の1本でもなくすんじゃないか

とヒヤヒヤしていた。

しかも勤怠を水増しし自分より

給料が多かった。

クソヤローだった。

 

バカボンは仕事が遅いし理解力が低い。

というか会話が通じない。

一流企業でばりばり事務をやっていた

という割にパソコンスキルが低すぎた。

普通の人が10分ぐらいで終わらす

見積り申請も1時間以上かけてやっていた。

こいつは地蔵のように長時間机でフリーズし

生活残業を稼いでいた。

クソヤローだった。

 

しかもこの2人は自分に事あるごとに

武勇伝を語りマウントをとってきた。

後半はもうフル無視していた。

この2年間でこんな奴らでも

生きていける社会の仕組みは

凄いと感心した。

霞ヶ関の官僚の方々に足を向けて

寝られないと思った。

窓口の公務員の方々にもちゃんと毎回

お礼を伝えようと思った。

 

 

 

そんなモンスターダンジョンに

勤めながら資格試験の勉強もやっていた。

そして派遣社員2年目ぐらいのときの

合格したので辞めることを決心。

そんな中衝撃の展開が待っていた。

今回の人事異動だ。

 

まず嘱託のおじいちゃん2人が退職宣言。

ベテラン社員の人が別部署に異動。

ちなみにこのベテランの人、

仕事ができる人でサービス残業上等。

3人分ぐらいの働きをしていた。

自分は密かに赤い彗星と呼んでいた。

赤い彗星の後釜にくる人は仕事に

厳しい人らしい。派遣社員も容赦なく

こき使い何人も辞めていったらしい。

これはもう炎上どころか

燃えカスすら残らないんじゃないだろうか。

 

何より今まで楽をしてきた

チャラ男とバカボンが苦しむのは

目に見えている。

無宗教の自分もこのときばかりは

天に感謝の祈りを捧げた。

 

自分もこれからどうなるか分からないが

やっぱり備えあれば憂いなしとは

よくいったものだと思った。

資格も取れずあと1年ぐらいいたら

間違いなく精神崩壊していたと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不安→検索→不安→不安

転職先が決まりのんびりしようと当初

考えていましたが、ある出来事で悶々とした

日々を送っております。

それはズバリ待遇面が不透明!

 

先週転職予定の会社から

入社書類一式が届いたのですが、

待遇面が分かる書類が一切なし。

問い合わせをしたところ雇用契約書は

入社後ですとの返答。

元々ネットで応募したためざっくりとしか

待遇が書いておらず面接の際にも

詳細な説明なし。こんなの初めて。

 

転職活動中に何社か受けた際は

どこも内定と同時に詳細な待遇を提示

してくれた。

あるところは明細を見せてくれて

口頭でもちゃんと説明をしてくれた。

今回の会社はあやしい。騙されたかな。

 

ここ数年YouTube高橋がなりの人生相談を

見ておりそのなかで、

「まずはたくはん働いて人に信頼してもらえ!待遇云々贅沢言うな!」

と頻繁に言ってるのを見てきた。

その精神で派遣で仕事頑張ったらとんでも

ない業務量になり嫌になった。

 

「あー自分には勤労奉仕・滅私奉公は無理だ、というか嫌だ。」

と思った。

 

今回の待遇不透明案件も

高橋がなりからすると、

「そんなもん気にするな!!さっさと入社して馬車馬のように働け!!」

と言うだろうけど私には無理だ!

怠けた人生を送ってきた私には無理だ!

もう1度申し上げる、私には無理だ!

かと言って内定先に「待遇面教えろ!」と

言う勇気もない小心者。

きっとこのままなあなあで入社して、

適当に何年か仕事するんだろうな。

いつものパターン。

そしてある日突然また辞めるというところまでセット。

 

まー仕事があるだけまだマシか。

生きていくには金がいる。

徳川家康の名言、

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し、急ぐべからず。 不自由を常と思えば不足なし。 こころ に望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。 堪忍は無事長久の基。」

の精神はいつになったら

身に付くんでしょうか?家康さん。

 

 

 

 

結局地元かよ!

前回の執筆からかなり時間が

空いてしまった。

内定を1社断り連日連夜求人検索の

日々を過ごしておりました。

そしてなんやかんやタイトル通り

地元に残ることになりました。

 

なんじゃそりゃ!と嫁さんにも

言われたが、貯金も心許ないし

地元に残れば細々とやっていけるので

それに越したことはないと許可がおりた。

 

仕事は商業施設の設備管理。

1月に応募し面接を

受けたところ担当者の方曰く、

有資格者のおじいちゃんが

退職するので1名求人をだしたとのこと。

面接は資格の有無の確認だけで

ほぼほぼ雑談だった。

今までの転職活動で

1番フランクな選考だった。

というか雑談だけだったので、

本当に私でいいんですか?とこちらが

不安になるくらいの面接だった。

そしてあっけなく転職活動は終わった。

関東や九州の情報調べていたが

全て徒労に終わった。

なにやってんだか、、、

 

内定をもらったところは

大きい会社だがネットでの評判は最悪。

経験・未経験者問わず大量に採用し、

来るもの拒まず去るもの追わずな

スタンスで万年人手不足の会社らしい。

口コミには辛辣な書き込みが

かなり多かった。というか罵詈雑言の

ようなものもあった。

ちなみにビルメン業界でいうところの

独立系の会社です。

 

ビルメン業界では大手企業の子会社で

系列系と呼ばれる会社と、

ビルメン1本でやっている独立系という

会社の2種類に大別される。

待遇がいいのは当然

寄らば大樹の陰的な系列系(大手子会社)。

給与面や福利厚生でかなりの差がある。

だが当然資格持って座ってるだけでは

許されず、ビルメン業務+事務+施工管理も

任されるというまさに三重苦。

これは嫌だ!プレッシャーに弱い自分に

勤まるわけがない!

と転職活動の際に除外しました。

その結果独立系に決めました。

 

給料は妻と共働きなんで

細々ひっそり食べていけるかな程度です。

新年度から勤務予定なのでもう少し

のんびりしよう。←考えが甘くすぐ油断するタイプです。どうなることやら、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

ひたすら求人を検索する日々

先週末プラントの内定を辞退した。

理由は関西に住むのが嫌だから。

実に舐め腐った理由で

「だから40歳で派遣社員なんだろ!

このボケが!」と確実に

お叱りを受ける理由。

 

正直ここの1社しか受けていないため

またいちから求人を探さないといけない。

めんどくさい。実にめんどくさい。

そしてめちゃくちゃ不安。

基本地元に仕事がないため引っ越しも

兼ねて県外に転職が確定している。

候補は3ヵ所。

山口県下関・・・家賃安い。景色がいい。

長野県松本市・・・登山が好きってだけの

                                    理由で最有力。

横浜・・・都会で仕事がたくさんある。

 

以上

どの理由も40歳とは思えない浅い考え。

そんな転職も仕事がなければ

どうにもならない。夜な夜なネットで

求人検索して、なんとか生活していける

お給金を貰えるところを各地1社ずつ

見つけた。来月ぐらいから本格的に

動くとしてまだダラダラしようかな~と

思うクズっぷり。

いやいや来月からきっと真剣に動くはずー。

 

 

低空飛行な職場 どこかにありませんか?

前回の記事で転職先が決まっている

と書いたが実はまだ悩んでいる。

理由は未経験だから。

 

転職先は某プラント施設。

設備管理の経験があるもののほぼ未経験。

内定をもらった会社からは

「ポテンシャル採用だから」と言われた。

40歳目前でポテンシャル採用とは

ありがたい。果たしてそんなポテンシャルは

あるのか?と不安になってきた。

 

もともと転職活動を始めたときの条件は、

ずばりいかに楽で責任がなく

長く続けられるか?

というのが条件だった。

なかなかのクズな志望動機だと

我ながら書いていて思う。

しかし面接ではそんなことは言えない。

それなりの夢と希望を40のオヤジなりに

アレンジして受け答えした。

まさに詐欺レベルの志望動機だったと思う。

その結果内定貰えたが先方は戦力として

かなり期待しているようだ。

とても不安だ。

 

とりあえず12月まで返事を待ってもらえる

ので少し考えてみようかと思う。

 

 

 

40歳目前での転職

おっさんは現在39歳で派遣社員2年目。

仕事は機械の保守をしている会社の

点検補助員で時給は1000円ちょっと。

40歳目前で月の手取りは18万程度。

しかも妻がいる既婚者。

もちろん共働きじゃないととてもじゃないが

やっていけない。

 

もともとはビルの設備管理で

正社員だったが、30代前半のころに

何を思ったか急に離島への移住を思いたち

仕事を辞めた。

理由は「1度は海の綺麗なところで暮らしてみたいから」

こんな理由で仕事を辞めるなんて

その頃は病んでいたんだと思う。

結婚したばかりで他人と暮らすことでの

気疲れ、仕事のストレスもマックス。

現状から逃げ出したかった。

 

そんな理由で適当に離島へ転職。

転職先は離島唯一の設備管理会社。

仕事も定時で終わり給料もそこそこ良い、

何より自然も豊富でめちゃくちゃ恵まれた

環境だった。、、、

 

が!数年で飽きた。

めちゃくちゃ飽きた。そして疲れた。

コンビニもマクドもファミレスもない。

おまけにどこに行っても顔見知りばかり。

気が休まらない。離島生活終盤のほうは

顔見知りに会いたくなくて人里離れた

山中を1人でほっつき歩いていた。

 

そしてそんな数年間過ごした後 逃げるように

地元に戻ってきた。

その後はいろんな職を転々とし今の会社で

派遣社員としてお世話になっている。

そんな派遣生活もちょうど40歳になる頃の

4月に終了予定。

目標としていた資格も取れたしそろそろ

転職しないとお金が貯まらん!辛い!と思い

試しに1社受けたところから内定をもらいそこに転職予定。勤務地は地元のど田舎から

離れた都市部に決定。どうなることやら、、、